どのような経緯で知ったのか覚えていませんが、『良い戦略・悪い戦略』という本が投資に通じる良書だったのでご紹介します。

そもそも【戦略】とは?

戦略の基本は「相手の最も弱い部分に、こちらの最大の強みをぶるけること」です。最も効果のありそうなところに最大の武器を投じるわけです。

これは企業の経営にもつながる概念で、中小企業が生き残るために必須な考え方でもあります。

私たち投資家は四季報や有報などで上場企業が発表している戦略を見る機会がありますが、なかには悪い戦略を掲げている企業や、そもそも戦略とは呼べない物を戦略と呼んで酔いしれていることがあるので注意が必要です。悪い戦略を立てている企業や戦略を持っていない企業がどのような運命をたどるのか…。実例は『良い戦略・悪い戦略』の本編でご確認ください。

悪い戦略とは?

良い戦略・悪い戦略』には、いくつかの戦略の定義がまとめられていました。冒頭で悪い戦略についてまとめてあったのでご紹介します。

悪い戦略はやっかいな問題を見ないで済ませ、選択と集中を無視し、相反する要求や利害関係を力ずくでまとめようとする。悪い戦略は、目標、努力、ビジョン、価値観といった曖昧な言葉を使い、明確な方向を示さない。もちろん目標やビジョンは人生において大切なものではあるが、それだけでは戦略とは言えない。

悪い戦略の逆が良い戦略ですので、なにか戦略と呼ばれるものに出会ったらまずは悪い戦略のことを思い出しましょう。「これは悪い戦略だ」とわかれば、やり直しをさせたりその会社から逃げることができます。

ほとんどの企業は戦略を持っていません。売上高を戦略に掲げる企業がありますが、売上高は単なる”目標”であって戦略ではありません。

たとえば「勝つまで続ける」といった戦略を掲げる経営者がいますが、これはノリと興奮と熱狂をこねあわせた戯言にすぎず、およそ戦略とは呼べないと著者は酷評しています。

間違った戦略を取ると間違った道へ進んでしまい、業績も上がりません。小さな会社だったら1年で倒産してしまいます。お金をたくさん持っていて時間にも余裕のある大企業なら「勝つまで続ける」ことが可能ですが、中小企業はそうはいきません。企業には空虚な目標ではなく、正しい”戦略”が必要です。

悪い戦略の例:楽天グループ代表三木谷浩史氏「僕の場合、ブレーキが壊れている。勝つまでやり続ける」

良い戦略とは

悪い戦略がわかったところで、良い戦略についても見ておきましょう。

良い戦略の内容1:悪い問題から目を背けない(現実直視・現状把握)

企業の経営にしても目標の達成にしても、まずは現実を知らなければ戦略を立てることはできません。

さきほども書いたように、戦略の基本は「相手の最も弱い部分に、こちらの最大の強みをぶるけること」だからです。自分の強み(武器)を知らなければ戦うことはできません。また、自分の現在の実力を把握していなければ、現実的な戦いをすることもできません。

無謀な策を努力と根性で押し通そうとした結果、日本の経済や政治がどうなってしまったかは言うまでもありません。

良い戦略の内容2:具体的・明確である

良い戦略とは、とるべき行動の指針がすでに含まれているものをいいます。細かい手順が示されているわけではなくても、やるべきことが明確になっているものです。「いま、なにをするべきか」が実現可能な形で明記されていない戦略は、欠陥品といえます。

良い戦略の内容3:選択と集中

良い戦略は、必要なものにだけイエスといい、それ以外のものにはノーを突きつけています。

誰でも、利害関係者や社内の権力者の顔色をうかがい、必要のない事業でもズルズルと続けてしまいがちです。しかし私たちが持っている「お金」や「時間」といった資源は有限です。

相手の最も弱い部分に、こちらの最大の強みをぶつけ続けない限り、経済の世界で勝ち残ることはできません。不要なものは切り捨て、本当に必要なものだけに集中的に資源を投入できる内容になっているか、戦略を確認しましょう。

Apple社を立て直したスティーブ・ジョブズは、売上高や利益の目標は一切掲げなかったそうです。根本的な問題だけに集中し、その結果、倒産寸前のApple社を建て直しました。経営が上手くいっていないときには、中核事業に集中し、ムダな経費を削減したAppleのようなシンプルな戦略が求められます。

以上のように良い戦略は、

  1. 悪い問題から目を背けず
  2. 具体的、かつ、明確な内容で
  3. 選択と集中

から成り立っています。

では、良い戦略を持っていた企業がどれくらい素晴らしい成果を上げることができ、良い戦略を失った時、どのようになってしまったのか?

良い戦略・悪い戦略』にあったアメリカ企業の隆盛と衰退、企業戦略の重要性について触れ、終わりたいと思います。

クラウン・コルク&シール社の戦略

クラウン・コルク&シール社の戦略は1960年代に当時の経営者であるジョン・F・コネリーが練り上げたもので、同社の戦略はアメリカの実業界では伝説となっているそうです。

その戦略はあまりにも素晴らしく、業績にも反映されていました。ジョン・F・コネリーが退陣するまで、35年に渡って株主資本利益率(ROE)が平均19%という途方もない業績を叩き出していたのを見れば、誰だって”伝説”という称号に同意するでしょう。

あのピーター・リンチもクラウン社を好んでファンドに組み込んでいたことからも、同社がどれだけ優れた企業だったのかを理解できるかと思います。

クラウン・コルク&シール社の失敗

クラウン社の事業内容はあまりパッとしません。スプレーや炭酸飲料など、耐圧性を求められる缶の製造をしている会社だからです。

缶の製造メーカーは他にもいくつもありましたが、当時、クラウン社の飛躍の秘訣は「耐圧性を求められる缶の製造に特化していたから」だと考えられていました。実際、当時の証券アナリストたちは皆、口をそろえて同じことを言っていたそうです。

ところが『良い戦略・悪い戦略』では、当時のアナリスト達が気付いていなかったクラウン社の緻密な”戦略”を暴きます。

その暴き方がとても鮮やかで、

  • 企業の成長にとっていかに戦略が重要であるか?
  • 公表されている戦略と呼ばれるものや、アナリストの分析がいかにアテにならないか?
  • 戦略が変わった時、企業の成長にとってどのような影響を与えるか?

を実感させられます。

クラウン社の場合、良い戦略を取っていたジョン・F・コネリーが退陣した後、社長として就任したウィリアム・アヴェリーはコネリーの戦略に気付きませんでした。そのため、会社の戦略を変更して業績は悪化。株価も55ドルから5ドルへと、11分の1にまで下落しています。

当時、クラウン社はアヴェリーの方針によりM&Aを活発に行っていました。同業他社を吸収合併することで会社の規模は大きくなり、成長しているように見えたはずです。ところが実際にはROEは低下し、業績も悪化。規模が大きくなるだけでは企業が成長しているとは限らないという残酷な事実を突きつけています。

投資をする身としては、「アナリストが言っているようなありきたりな内容を鵜呑みにするのではなく、企業の戦略や強みを自分自身で分析する必要があること」や、「規模が拡大すること=企業が成長することではない」という事実を実際の事例を見ながら知ることができたのが良かったです。

企業の戦略は証券アナリストの分析だけでは解明できないことが多く、また、当の企業の発表にすら現れていないことも珍しくないそうです。社長ですら自社の強みと戦略に気付いていないことがあるくらいですから、当然ですね。

しかし戦略は、けっして秘密にされているわけではありません。さまざまなピース(情報)を集めてつなぎ合わせることで、どんな壮大な戦略でも明らかにすることができます。たいていの人はその分析作業が面倒でやりたがらないだけで、実際には誰もが目に出来る場所に情報は転がっています。そんな残酷な事実に改めて気付かせてくれたという意味でも、『良い戦略・悪い戦略』は投資家が読むべき1冊だと感じました。

ウォルマートやイケア、富士通など実在の企業の戦略を例にしているため、面倒な企業分析にも親近感が湧きます。企業の戦略は業績と株価にも反映されるので、投資家として何度も読み返したい本でした。

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